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屯田兵村のあゆみ|北海道開拓を支えた兵士たちと屯田兵屋の歴史

2024-06-09 公開 📖 約3分で読めます 👀 48

明治期の北海道開拓と北方警備を担った「屯田兵」。兵士でありながら農業にも従事し、家族とともに屯田兵村で原野を切り拓きました。札幌の琴似などに残る兵屋跡や史跡から、開拓のあゆみと当時の暮らしをたどる魅力を紹介します。

📋 目次(タップで開閉)
  1. 見どころ
  2. 屯田兵制度の魅力
  3. 歴史・背景
  4. 周辺の見どころ・一緒に巡りたいスポット
  5. アクセス・楽しみ方
  6. まとめ

見どころ

屯田兵(とんでんへい)は、明治時代に北海道の開拓と北方の警備を目的として配置された、兵士でありながら農業にも従事した人々です。家族とともに移り住み、計画的に整備された「屯田兵村」で暮らしながら、広大な原野を切り拓いていきました。碁盤の目状に区画された村割りや、共通規格で建てられた兵屋(へいおく)は、今も各地に史跡として残されています。札幌の琴似や旭川、道北・道東など、地名や町のなりたちにその足跡をたどることができます。

こんな人におすすめ

  • 北海道開拓の歴史に興味がある人
  • 明治期の暮らしや住まいに関心がある人
  • 史跡や郷土資料館をめぐりたい人
  • 地域や地名のなりたちを知りたい人

屯田兵制度の魅力

屯田兵制度は、開拓と防衛を両立させるための仕組みでした。

  • 開拓と警備の両立:平時は農業に従事し、有事には兵士として備えるという二つの役割を担いました
  • 計画的な村づくり:区画整理された土地に兵屋が整然と並ぶ村が各地に築かれたとされています
  • 全国からの入植:本州各地から多くの家族が海を渡り、北海道の各村へ移り住みました

歴史・背景

  • 明治初期、札幌の琴似に最初の屯田兵が入植したとされ、以後、各地へ屯田兵村が広がっていきました
  • 当初は旧士族が中心でしたが、のちには平民も加わったと言われています
  • 学校や道路、用水などが整えられ、地域社会の基礎が築かれていきました。制度そのものは明治後期に役目を終えたとされています

周辺の見どころ・一緒に巡りたいスポット

  • 琴似神社(札幌市西区):屯田兵ゆかりの神社で、境内に兵屋が保存されているとされています
  • 北海道開拓の村(札幌市厚別区):開拓期の建物を移築・復元した野外博物館
  • 北海道博物館(札幌市厚別区):北海道の歴史や自然を総合的に紹介する施設
  • 北鎮記念館(旭川市):旭川に置かれた屯田兵や第七師団にまつわる資料を伝える施設
  • 江別市:かつて屯田兵村が置かれた地域として知られています

アクセス・楽しみ方

  • 琴似屯田兵村兵屋跡は、JR琴似駅や地下鉄琴似駅から徒歩圏にあるとされています
  • 北海道開拓の村・北海道博物館へは、新札幌駅方面からバスを利用すると便利です
  • 各地の史跡は、地元の郷土資料館とあわせて巡ると、開拓の苦労や暮らしぶりへの理解が深まります

まとめ

屯田兵村のあゆみは、厳しい自然のなかで一からまちを築いた人々の歩みそのものです。兵屋跡や記念碑、資料館を訪ねれば、地図の上に整然と残る区画や地名の由来など、北海道の成り立ちを身近に感じられます。史跡めぐりを通して、開拓の時代へ思いをはせてみてはいかがでしょうか。

※最新情報は各公式サイト・観光協会サイトでご確認ください。
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